ゼネラリストではなく、スペシャリストに。
2010.08.26
「数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、 数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめるが、 整体の場合も事情は全く同様である。」
これは、ドイツの哲学者ショーペンハウエルの言葉を、
私なりに言い換えさせてもらったものです。
ショーペンハウエルは「読書について」という著書の中で、
本を読むことや考えることについて、量より質だ、という趣旨のことを訴えています。
人は同時に複数のことを考えられる生き物ではないし、
本をたくさん読みすぎれば消化不良を起こすだけ。
1つのことを何度も反芻して熟慮したり、
1つの本を繰り返し丁寧に読み、自分のものにすること。
これこそが大切だと言っています。
そして、冒頭に述べた通り、整体の場合もまったく同じではないかと思います。
次から次へと色々な手技に手を出し、いくつもの学校、そして講座やセミナーをはしごし、 多種多様の専門書を読みあさり、「万能」を目指そうとする。
このような人は非常に勤勉だと思いますが、果たしてそれが正しいのでしょうか?
ショーペンハウエルはこうも言っています。
「食物は食べることによってではなく、消化によって我々を養うのである。」
これは読書について、いくらたくさん読んでも「消化」できなければ「栄養」にはならない、ということの例えです。
つまり、たくさんのことを学んでも、
結局1つも身に付いていないという恐ろしい事態になりかねないわけです。
とはいえ、かく言う私もあれこれ手を出したうちの1人です。
何でもできることが優秀な整体師の条件、そんな風に誤解していました。
また、施術で思うような結果が出ないと、この手技は良くないんだとか、 もっと別のやり方が必要なんだと考え、整体の様々な流派、 そして気功やヒーリング関係をも学びました。
しかし、結局手を広げれば広げるほど整理がつかなくなり、
自分が何をやっているのかわからなくなっていくのです。
学んだことひとつひとつが中途半端になってしまい、
「使える技術」が全く身に付いていませんでした。
ようやく誤りに気付いた私は、
学んだ技術の中から自分なりに極めたいと思うものを厳選し、
狭く深く追求することに努めました。
これによって、「これこそが自分の手技だ」と自信を持って言える手技が身に付き、 それをさらに掘り下げることによって、私だけのオリジナルの手技が完成したのです。
この経験により、プラスボディアン整体スクールでは
手技も理論も絞って授業を行い、
生徒さんたちが自分なりに消化して身に付けていただけるような講義を行っています。
直営店リラクリズムでも、スタッフひとりひとりが学んできた手技を、 新しいやり方で上書きするようなことはせず、
その人がもともと持っている手技を生かし、それに磨きをかけるような指導をしています。
施術者の立場で言えば、
あれもこれもと手を出したことに、自分の未熟さを感じますが、
指導者の立場で言うと、
様々な手技にかじりついたことも決して無駄ではなかったと思えます。
なぜなら、色々なやり方を少しずつ知っていることにより、
自分とは違う手技の整体師でも、そのやり方をある程度理解できるからです。
「その人の持っている技術を深めるにはどうしたらよいか」、
こうした客観的なアドバイスをすることはできると思います。
このように、私の場合は様々な手技に手を出したことが必ずしも無駄ではなかったのですが、整体師として独立して顧客を得るためには、やはりひとつの手技を徹底的に追求し、自分のものにすることがとても大切だと思います。
また、今現在整体師のお仕事をされている方で、思うように施術の結果が出なかったり、 お客様が少ないということで悩んでいるようなことがあれば、
一度ご自身の手技を見直してみてはいかがでしょうか?
素質がないとか努力が足りないとかではなく、
単に手広くやりすぎて、持っている能力を十分に発揮できていないだけではないでしょうか。ひとつの手技を徹底して掘り下げることでこそ、潜在能力が引き出され、
自分にしかできない素晴らしい手技が実現するのではないかと、私は思います。
的を絞ること、それを深めること。
そしてゼネラリストではなくスペシャリストになること。 こうした考えのもと、整体の道を歩んでみてはいかがでしょうか。


