腕利き整体師も治せない『コリ』の正体
「椅子がこわい」という本があります。ミステリー作家として名高い夏樹静子さんが書かれたエッセイです。
実はこれ、「腰痛放浪記」というサブタイトルを持つ、夏樹さん自身の「腰痛」体験が記されているのです。
夏樹さんはあるとき、原因不明の腰痛に襲われたそうです。有名作家として顔の広い彼女は、全国各地の名医と呼ばれる医師を訪ねたり、東洋医学としての鍼治療や整体等にも通いました。
ところが、症状は一向に良くならなかったのです。タイトルにもあるように、「座る」姿勢が最もつらく、「椅子」に恐怖を覚えるほどだったそうです。
そして、彼女が最終的に行き着いたのは「精神療法」でした。
つまり、原因不明の腰痛を引き起こしていたのは、身体ではなく「心」だったということです。明るい性格の彼女は、自分の心が病んでいるなんて露も思わなかったそうです。しかし、自分の心と向き合った結果、初めて自らの抱えていたストレスに気付きそれを労わることによって、徐々に症状は快方に向かったのです。
さて、表題にある「腕利き整体師も治せない『コリ』とは他でもなく心の『コリ』です。
一口に『コリ』と言っても、精神的ストレスに起因する『コリ』は単純なものではありません。耐え難い苦痛を伴い、さらに長期間(数年に渡って)続き、かつあらゆる治療を受けてもなかなか良くならないという特徴があります。
通常、ひどい『コリ』を持った方も、定期的に整体を行えば症状は改善していきます。ところが、何度通っても全く改善しない人もいるのです。それは、ベテラン整体師ないし有名整体師による施術を受けた場合も然りです。何故なら、その『コリ』の正体は物理的なものではなく、精神的な原因によるものだからです。
整体師としての経験が長くなると、身体の奥深くに潜むコリや米粒大くらいの小さなコリも見逃さず捕らえることができるようになります。しかし、精神的な原因によるコリは整体師の「指先」というセンサーに引っかかりません。
私自身も、そういった精神的ストレスが原因である症状を抱えた人をたくさん診てきました。冒頭で紹介した夏樹さんと同じように尋常でない腰痛に苦しむ人。足裏という特殊な場所が痛む人。その他諸々、メンタルから来る症状は明確な原因がわからない一方で、ひどい苦痛を長期にわたって引き起こすというパターンが多くみられます。
彼らは一様に、「どこへ行っても治らない…」と嘆いていました。
そうした経験と通して、私は「心」が身体に及ぼす多大な影響を目の当たりにしてきました。心に由来する身体的苦痛は、更なるストレスを生み、ますます症状は悪化する、という最悪のスパイラルへ導きます。
そうした背景を考慮すると、整体師は「身体」だけでなく「心」をも診ることが必要になります。もちろん、心理的な難しい知識を身につけるのは酷ですが、「気付く」ことが大切なのではないでしょうか。心の『コリ』を持つ患者さん自身、自らのストレスに気付いていない場合がままあります。
もっとも、整体師の専門は「身体」ですから、「心」の問題まで解決するには限界があるかもしれません。しかし、患者さんが自分の心と向き合い、快方に向けて方向付けをしてあげることは充分可能なはずです。
私も、患者さんの「心のコリ」をほぐしてあげたい一心で、心理学やカウンセリングの勉強もしてきました。
心理療法として精神的苦痛と身体的苦痛の両者を軽減する効果を持つ「自律訓練法」をマスターし、講師としても活動したり、心理カウンセラーとして多くのクライアントと対話を重ねるなど、心の専門家たる経験も積んできました。
要するに、闇雲に「身体のコリ」のみに心血を注ぐのではなく、患者さんの精神面も把握する。そうした視野の広さこそ、今整体師に求められているのではないでしょうか。
【参考文献】「私の腰痛放浪記 椅子がこわい」夏樹静子著 文芸春秋



